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京都地方裁判所 昭和25年(ワ)571号 判決

原告 中川重次郎

被告 大聖寺宗次郎

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件に付き当裁判所が昭和二十五年六月二十六日為した強制執行停止決定は之を取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告の原告に対する昭和二十五年四月七日京都地方法務局所属公証人本多芳郎が付与した第四六一〇七号執行力ある抵当権設定金銭貸借契約公正証書に基く強制執行は之を許さぬ。訴訟費用は被告の負担とす、との判決を求め、その請求原因として被告は昭和二十四年七月六日京都地方法務局所属公証人本多芳郎に依嘱して第四六一〇七号公正証書を作成して訴外秋山磯吉に対して金十万円を貸渡し利息は年一割、毎月末日限りその翌月分を債権者たる被告方に持参支払うこと。返済期限は同年十一月末日とし右期限に支払なきときは右訴外人は代物弁済として同人所有の別紙目録<省略>不動産の所有権を被告に移転すべきことを約し、原告は右訴外人の債務に付き保証債務を負担した。被告は右訴外人が負担した十万円の貸金債務に付き不履行ありとし昭和二十五年一月二十六日附で売買名義で前記契約に基き前記物件を代物弁済として自己に所有権移転登記手続を完了した。而して右物件は価格は二十一万六千四百八十円であつて、訴外人の負担した債務は十万円にすぎず、而もこの債務は右一月二十六日を以て弁済せられ消滅に帰したものである。然るに被告は尚残存貸金元金八万円及び金一千五百円の損害金の各債権ありとし、原告は訴外人の保証人として之を弁済すべき義務ありとして昭和二十五年六月十四日原告所有の動産に対し、前記公正証書に基き強制執行に及んだのは不当であるからその排除を求むる為め本訴異議に及ぶ旨陳述し、被告の答弁に対し、被告は右家屋の所有権が被告に移転したときは秋山に於て之を立退き被告に明渡すべく、この明渡義務を怠つたときは損害金として一日金五百円を支払うべく、原告は秋山のこの債務に付き連帯保証をした旨主張するが、被告は前記の如く物件の所有権を取得しながら秋山に対し只一回内容証明郵便で明渡を請求した丈で、その後明渡しの請求訴訟を提起する等明渡を求めるに付き適当の方法をとらず、怠慢に付しているものであるからその後の損害に付ては原告に於て之を賠償すべき責任はない。尚右秋山が明渡さない場合の一日に付き五百円の損害金額は右建物に不相応に高額であつて斯る高額の損害金契約は公の秩序に反する無効の契約であるから、原告に於て斯る損害金を支払う責任なく斯る損害金債務に基く執行は許すべからざるものである。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め答弁として被告が原告主張の日その主張の公正証書を作成し訴外秋山磯吉に対し原告主張の約旨の下に金十万円を貸与し、原告は右公正証書上の訴外人の債務に付き保証債務を負担した事実、及び被告が秋山の不履行により原告主張家屋をその主張の日売買名義で代物弁済として所有権移転登記手続をした事実、並に被告が原告に対しその主張の日原告所有動産に対し強制執行をなした事実はいずれも之を認める。原告主張のその余の事実はすべて否認する。本件公正契約第十六条は代物弁済によつて前記家屋の所有権が被告に移転したときは、訴外秋山は右家屋より立退き之を完全に被告に明渡すべく、同第十七条は右訴外人が明渡義務を怠つたときは損害金として金五百円を被告に支払うべきことを各規定し、原告は同第十八条により右秋山の債務を連帯保証したものである。而して右家屋は原告主張の通り被告の訴外人に対する十万円の貸金の代物弁済となつたが、同訴外人は明渡義務を履行しないので右公正契約の条項により訴外秋山及び原告は被告に対し一日金五百円の損害金の支払義務があるわけであり、被告はこの損害金債権に基き原告に対し強制執行をなしたものである、よつて原告の本訴異議は理由なきものであると述べ、尚原告主張の右家屋の価格は固定資産税徴収に当り再建築価格を以て評価されたもので適正なる時価でもなく、又居住者の現住家屋としての評価でもない。仮にこの評価が正しいとしても、右家屋は金十万円の代物弁済となつたものであり、本件強制執行の基本たる債務名義は訴外秋山が本件家屋明渡義務を履行しないことより生ずる損害金債権であるから、家屋の価格がいくらであつてもそれとは何等関係のないことである。原告は被告が訴外秋山に対し訴訟を提起する等適当の手段をとらず、怠慢に付し居るものであるから、原告に賠償責任なしと主張するが原告が訴外秋山の債務に付き連帯保証をしたものであるから斯る主張をすることの失当なるは云う迄もなく、加之元来被告が訴外秋山に貸付けを為したのは原告の懇請によるものであつて、従つてその後も原告を通じて訴外井上太郎弁護士に家屋明渡請求を依頼した事実もあり、斯る事情よりするも原告の右の主張は失当である。原告は一日金五百円の損害金契約が公の秩序に反する無効の契約であると主張するが、元来右特約は訴外秋山が一日も早く明渡すよう間接強制の意味で附加したものだから、家賃相当のものでは意味がなくそれより高額のものでなければその効果がない。そうすると府市営住宅の家賃金でも月二千円位、六畳の間借賃月千円位もする現在の経済状態で、本件家屋の明渡義務不履行による損害金を一日五百円と定めても直に公序良俗に反するとは云えない。更に貸付元金十万円を基本として考えて見ても現在営業質屋業者や貸金業者の利息が月一割五分迄許容されていることより見ても決して公序良俗に反するものと云えない。まして被告は本件家屋の所有権移転登記費用や不動産取得税約二万五千円を支出しているので、之を加えて計算すると一日五百円の損害金は月一割二分に過ぎないのである。而も右の如き特約は元来秋山をして一日も早く家屋より立退くことを心理的に強制する趣旨で原告自ら之を公正証書に記載することを主張したものであるから、自ら主張して取決めた特約を後に公序良俗に反し無効だと主張することは信義誠実の原則に反し許されない。以上何れの理由よりするも原告の主張は失当である。と述べた。<立証省略>

三、理  由

被告が昭和二十四年七月六日京都地方法務局所属公証人本多芳郎に依嘱して、第四六一〇七号公正証書を作成して訴外秋山磯吉に対し金十万円を貸与し利息は年一割、毎月末日限りその翌月分を債権者たる被告方に持参支払うこと、返済期限は同年十一月末日とし右期限に支払なきときは右訴外人は代物弁済として同人所有の別紙目録不動産の所有権を被告に移転すべきことを約し、原告は右訴外人の債務に付き保証債務を負担した事実及び被告が右十万円の債権に付き訴外人に債務不履行ありとし、昭和二十五年一月二十六日付で売買名義で前記物件を代物弁済として所有権移転登記手続を完了した事実、並に昭和二十五年六月十四日被告が本件公正証書に基き原告所有動産に対し強制執行に及んだ事実は当事者間に争がない。原告は右物件の価格は二十一万六千四百八十円であり訴外人の負担した債務は十万円にすぎず、この債務も右一月二十六日を以て代物弁済により消滅したから、斯る消滅した債務に基き強制執行を受くべきいわれなき旨主張するので考えるに成立に争のない甲第一、第二号証、乙第一乃至第三号証と証人森田忠光、平井暁の各証言を綜合すると本件公正契約(甲第一号証、乙第二号証)第十四条、第十六条、第十七条、第十八条、第十九条等の各条項上訴外秋山が本件金十万円の弁済期たる昭和二十四年十一月末日迄に元金を弁済しなかつたことにより、当然本件家屋の所有権は右元金の代物弁済として債権者たる被告の所有に帰し、従て右元金債務はその時を以て消滅したものであるが、訴外秋山は右と同時に被告に対し右家屋を明渡すべき義務を負担し、その不履行により一日金五百円の割合で右弁済期の翌日たる昭和二十四年十二月一日より昭和二十五年五月十二日迄に合計金八万千五百円の損害金債務を負担したこと、及び原告は右訴外人の損害金債務をも連帯保証し、且この債務不履行の場合にも自己の全財産に対し強制執行を受くるも異議ないことを約諾して居り、被告が本件強制執行に及んだのはこの損害金債権を基本としたものである事実を認めることができる。成立に争のない甲第二号証(乙第三号証)中請求金額として金八万円也の貸金残金一千五百円也、自昭和二十四年十二月一日至二十五年五月十二日損害金と記載されているのは、調書記載の誤謬であることは、前記森田証人の証言と成立に争のない乙第一号証(尤も同号証中一金八万一千五百円也、違約金昭和二十四年十二月一日より同年五月十二日とある中同年は昭和二十五年の誤記と認む)によつて明であり、他に右認定を覆すに足る何等の証拠もない。そうすると本件貸金元金十万円の消滅したことはまことに原告主張の通りであるが、その消滅したことを理由に本件公正証書に基く強制執行(公正契約中前記各条項に基く損害金債権に基く強制執行)排除しうべき限りでないと云わねばならぬ。何となれば右損害金債権は弁済期に弁済なく本件家屋を以てする代物弁済がその効力を生じ、この家屋の所有権が被告に移転した後に前記公正契約の条項による特約により発生したものであつて、家屋の価格の如何に関係はなく、たとい家屋の価格が十万円以上であつてもその家屋は全体として十万円の代物弁済となつたものであり、十万円を超ゆる部分が右の損害金に充当されるべき筋合でないことは、代物弁済の性質及び本件公正契約の各条項の解釈上疑を容れる余地はないからである。

次に原告は被告が本件家屋取得後訴外秋山に対し一回の明渡請求をしたのみで訴訟等の手続を執らず、怠慢に付しているから、原告に損害金債務負担の責なしと主張するが訴外秋山の被告に対する右損害金債務に付ての原告の連帯保証責任が被告に於て訴外秋山に対し訴訟等の手続に出たる後たることを要件とするものと認むべき何等の証拠なく、寧ろ却つて本件公正契約の前記各条項の解釈上原告は無条件に訴外人の右損害金債務の連帯保証をしたものと解すべきものであるから、原告の右の主張は失当である。更に原告は本件家屋に付きその明渡義務不履行の場合一日金五百円の損害金契約は公の秩序に反し無効であると主張するから、考うるに地代家賃統制令により住宅については社会政策上一般物価に比し不自然な程迄に地代家賃が低額に統制されて来た従来の経緯に鑑みると昭和二十六年十二月一日評価価額二十一万六千四百八十円(甲第五号証による)にすぎない本件家屋に付きその明渡義務不履行の場合一日金五百円と云う損害金契約はいささか高額にすぎる嫌がないわけではない。而し乍ら本件は元来家屋賃貸借には何等関係なく金十万円の消費貸借に付き家屋を代物弁済に供し、且明渡約款を付した場合であり、斯る場合にその明渡義務不履行の違約罰たる性質を有する本件損害金契約は前記目的物件たる家屋の価格や貸付元金額との振合上、未だ以てこの契約を公序良俗に違反し無効のものたらしめる程度に高額に過ぎるものと云うをえない。蓋し右の如き違約罰は間接強制たる性質を有するものであるから、本来の家賃金よりは遥かに高額に決定せねばその目的を遂げないものであることは被告の主張通りであり、且又現下のように営業質屋業者や貸金業者に高利率の金融が許容されている経済状勢下に於て本件の程度の損害金契約を直に以て公序良俗に違反するものとは到底断定し難い。そうすると被告が本件公正証書の債務名義(損害金債権)に基き原告に対し強制執行をすることは当然であつて、原告に於て本件公正証書の執行力を全面的に排除しうべき何等の理由をも有するものでないこと敍上説明したところより明であるから、原告の本訴異議は理由なきものとして棄却し、訴訟費用に付き民事訴訟法第八十九条強制執行停止決定取消並にその仮執行宣言に付き同法第五百四十八条を適用し主文の通り判決した。

(裁判官 宅間達彦)

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